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落語家 春風亭一蔵さん③ グランプリで味わった「天国」と「地獄」

無給の見習い時代、大勝負が当たって1年間の生活費ゲット

 長年ボートに関わってきた春風亭一蔵さん。今回は師匠が味わった天国と地獄を熱く語った。


 2007年8月、僕は春風亭一朝に弟子入りし晴れて噺家になりました。皆さんご存じかもしれませんが、落語界に入ると見習い、前座、二つ目、真打ちと昇進していきます。

 ただ見習いのうちは師匠から給料が出るわけでもなく、前座になるまでは生活がホントに厳しい。しかも二つ目になるまでは酒、女、バクチは禁止ということになってます。まあ、みんな隠れてやってましたけど(笑)。僕もお金をどうにかやりくりしてボートだけは細々と楽しんでいました。そして、そんな僕を助けてくれたのはボートでした。

 忘れもしない2007年12月、ボートレース福岡で行われた第22回賞金王決定戦(現・グランプリ)。僕はとりあえず10万円の軍資金を用意し勝負することにしました。優勝戦に進んだのは①吉川元浩②井口佳典③湯川浩司④魚谷智之⑤松井繁⑥三嶌誠司の面々。その日、僕は師匠のカバン持ちで新宿末広亭にいました。昼席のトリだった師匠は普通なら4時すぎには帰るのにその日に限って他の師匠たちとの話が長引いてなかなか終わらず、僕は早く結果が知りたくてヤキモキしていました。やっと腰を上げた師匠を新宿三丁目の地下鉄の入り口まで送っていって今日の役目を終えた僕はすぐに携帯で結果を確認しました。と、その瞬間、体が震えて止まりませんでした。

 というのはレースは①⑤④、3連単の配当は7020円となっていて、僕はその①⑤④を1万5000円買っていたんです。

 舟券を買うようになってからおそらく何百万円も負けていたはずですから、ボートの神様がふびんな一蔵を助けてやろうと当たり券をプレゼントしてくれたんじゃないですかね。ともあれ僕はその100万円で無収入に等しい見習い期間の1年間を乗り切ることができたんですよ。

07年のグランプリ。1マーク、逃げる①吉川選手、⑤④が差しを狙う

師匠にウソをついて東京から遠征した住之江。今度は罰が当たりました

 ところが、神様はちゃんと見ているんですね。前座時代の2010年12月の住之江でのグランプリ。当時前座は1年365日休みがなかったんですけど、好きな選手の1人だった浜野谷憲吾が優勝戦の1号艇に乗ることが決まった時、どうしても生でレースを見たかった僕は師匠に「風邪ひきました」ってウソついて車で大阪に向かいました。その時持っていた全財産十数万円を握りしめて。

 さあ、いよいよレースのスタート。かたずをのんで見守っていた僕の目の前であろうことか浜野谷が痛恨のドカ遅れ。2コースの中島孝平があたかもイン逃げのようにして勝っちゃった。

 茫然自失というのはこういう時に使う言葉なんだなと思いながら僕はしばらく動けませんでした。大金を失ったこともさることながら師匠にウソをついたこと、今から1人で東京まで車を運転しなくてはならないこと、明日からどうやって生活するかの現実などいろいろな思いが頭の中を駆け巡ってましたね。1マークで差されるとか競り合って負けるとかならまだいいんですよ。でも、出遅れじゃあねえ……。

 いずれにしても師匠にウソをついたのは後にも先にもそれ1回だけ。罰が当たったのかもしれないですね。

 =つづく

 (聞き手=清水一利)


▼しゅんぷうてい・いちぞう 1981年東京生まれ。高校卒業後トラック運転手などを経て2007年、春風亭一朝に入門。12年二つ目、22年真打ちに昇進。